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デジカメ
「デジカメなんて骨董品、まだ持ってる奴居たんだ」
そうからかう僕に向かって彼女は唇を尖らせる。
「デジカメの解像度ってスマホなんかとは比べ物にならないんだよ!?」
そう言いながら彼女は何度かシャッターを切る。
僕はその姿に僅かな苛立ちを覚えていた。
そんな僕をよそに、彼女は更に何度かシャッターを切る。
酷い寒さの所為もあり、いよいよ僕は苛立ちを抑えられなくなっていた。
カメラの解像度になんて拘ったところで意味はないのに。
その丸眼鏡だって掛けたところで意味はないのに。
どうせもうほとんど何も視えてないくせに。
彼女がはっとした表情で僕を見ている。
しまった、声に出すつもりはなかったのに。
「……意味は、あるよ」
絞り出すような声。
そんな声を出させようとした訳じゃなかった。
心の中で言い訳を唱えるが、それはもう何もかもが遅かった。
彼女は最後にもう一度だけシャッターを切った。
ひゅうひゅうと吹きつける風の音だけが、ふたりの間に流れた。
「帰ろうか」
先に言ったのはどっちだっただろうか。
その言葉を合図に、僕たちは病棟へと歩き出した。
ただでさえ看護師さんに無理を言って中庭に行かせてもらっていたので、長居は出来なかった。
それから病棟に着いてお互いの病室に別れるまで、僕たちは言葉を交わさなかった。
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