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以前親に私の名前の由来を聞いたことがある。『閏』という字は門構えに玉とも書き、その意味は『門の中に溢れるほどの宝がある』という意味だそうだ。私は神様も粋なことをするな、と思った。名前が先か特技が先かは知らないが、まさに私にぴったりの名前ではないか。
だが私はつまらなかった。
こんな簡単に物も男も地位も手に入るなんて人生面白くないと思った。
そう、張り合いがないのだ。私が何をしてもそれは当然で、誰も褒めてくれない。もちろん心を奪ったり物で釣ったりすれば私のことを褒めるけど、それは一人で人形ごっこをしているようで、虚しいだけだった。特技を自慢しようにも、これは他人には理解できないものらしかった。世の愚民どもには、私の特技を見ることもできない。
私はこの世界で、ひとりぼっちの人間なのだ。
塾があるから、という友達二人と別れ、私はショッピングモールの出口まで来た。モールの外は土砂降りで、私は傘を持っていなかった。私は近くの傘立てから適当な傘を一本拝借した。特技を使うまでもなく、私の物になった。
私は家に向かって歩き出した。この町は坂が多くて歩きにくい。町に愛着もないが転校は面倒なので、高校を卒業したらどこか遠くの街にでも引っ越そうか。そんなことを考えながら長い石階段を登っている時、ふと背後から視線を感じて振り向いた。
同い年くらいの男の子が一人、傘をさして私を見上げていた。
私は傘を取り落とした。
私は動揺していた。男の子を見た瞬間、制御できない感覚が身の内を暴れまわった。そんな、まさか、だって、これって、
一目惚れってやつじゃないのか!?
私は落ち着かなかった。吸い込まれるように男の子の側まで歩いて行き、男の子を見た。手馴れた手つきで男の子の黒点を奪おうとして、そして逡巡した。
(本当にこの男の子の心を奪ってしまっていいのか?)
そう考えると、私は何もできなくなった。心を奪いさえすれば、すべて私に従う傀儡になる。だけど、それはその人の心を殺してしまうのと同義だ。いままでそんなことをを気にしたことはなかったけれど、この男の子を前にするとそれが取り返しのつかないことになるような気がした。
私は知りたい。この男の子が何を好きで、何を考え、どんなことを喋り、どんな風に笑い、そして本当に私のことを好きになってくれるのかどうかを。
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