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「へー、そんなつまんない格好してる割に良い色持ってるね。」
カメラを両手で構えたまま、女性は私の何かを覗いていた。
「一体何を見ているんですか?」
僕は頭が追い付かないまま、一先ず質問を繰り返した。
「だから、人の描く夢。君がスーツの中に隠してる夢の色さ。」
女性は不敵な笑みを浮かべた。
「冗談言わないで下さい。そんなの見えるはずない。そもそも僕には夢なんてありませんから。」
僕は最初、女性に目を奪われた。希薄な存在感、そこに際立つ赤らんだ耳たぶが僕の目を勝手に動かした。しかし、そんな邪な気持ちは何処へやら、少し引っ掛かりつつも訳の分からない問答をしている内に何処からか苛立ちが込み上げてきて、僕の口調を強くした。
「変な妄想ごっこなら一人でやっていてください。明日も早いんで失礼します。」
僕は捨て台詞を吐いて、女性に背を向け立ち去ろうとした。
「君、音楽やってただろ。」
女性のその一言に私は振り向かざるを得なかった。
僕は学生時代、白黒のCYCLONEをかき鳴らしていた。当時好きだった3ピースバンドにあこがれ、学生バイトの分際で無理やり買った最高の相棒だった。サークルでバンドを組み、大学内のちっぽけな世界でやりたい放題に暴れまわっていた。身内とモノ好きしかいない小さなステージでも未熟過ぎる魂の焔をたぎらせるには十分だった。女性の一言に当時のエネルギー溢れる光景が鮮明に蘇り、頭の中を犯していく。
「何なんだ、あなたは!その妙ちくりんな力は!僕の中を勝手に覗いて何がしたいんだよ!」
雪で冷え切った心と汚れていく頭、何が何だが分からない現状に僕は言葉を叩きつけた。
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