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空瓶《そらびん》 1
その男は、青みがかった山高帽を被って、空を見上げていた。
見上げていた、というのは、正確な表現じゃない。男は、空に向かって小瓶を掲げていた。
その日は波が高くて、どの舟も港にしっかりと舫われていた。潮風が目に痛くて、誰も岸にはいなかった。この町ではそういう日がよくある。そして、それは僕が港を独占できる大切な日だった。
だから、そこに見知らぬ男がいたことは、僕を落ち着かなくさせた。
空に瓶を掲げる男の足元には、年季の入った大きなトランクが寝かされている。留め金は潮風を浴び続けたみたいに錆びついていて、色むらのある革も、いつ破れてもおかしくない傷みようだった。
僕は、港から階段を上がった所にある公園の、これもまた錆びついたブランコに揺られながら、その男の行動を眺めていた。
彼は、空に向かって小瓶を掲げ、ゆっくり振っては手元に戻して中身を確認するという動作を、二度、三度と繰り返していた。最後に、コルクで栓をして深くうなずくと、トランクを開けて瓶をその中に納めた。
「なにしてるの」
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