回想回

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▽ 『へぇ。綺麗な部屋だな』 真一が思わず声を上げるほど、彼女の宿は清潔だった。 木壁の二人部屋。 こういった国で、さらに小さな街ではロクな宿には出会えないものだが、ここは質の良いベッドやソファこそないものの丁寧に掃除が行き届いた落ち着いた部屋だった。 『貴方達はどのくらい泊まっていくつもり?』 『早ければ一泊。長ければ半年』 敷布団脇にカバンを置いた伊吹がそう答えるのを聞いて、『言語学者っていうのも大変な仕事ね』と肩を竦めた。 『いいわ。この部屋はずっと貴方達が使って。ご飯は朝と晩の七時。軽い昼食を持たせてあげるわ』 『おお。それは助かる』 元の宿以上のサービスに、二人は顔を見合わせ喜んだ。 ▽ その日から、三人の生活が始まった。 芋を叩いた餅と山菜などの、ここでは豪華な朝食を終えて、レイアは二人を笑顔で見送った。 二人は朝から晩まで森へ潜り、遺跡の文字を解読しながら〈ベツレヘムの石板〉がある祭殿を探した。 そして汚れ、疲れ、死人のようになって帰ってくる二人をレイアはいつも笑顔で出迎えた。 木製の丸いテーブルで、地図と古代言語と睨めっこし、あれやこれやと議論を交わす二人の前に大きな器のシチューが置かれた。 ドラム缶風呂の脇で、燃える薪に息を吹きかけていた真一が酸欠で倒れ、レイアが腹を抱えて笑い、慌てて風呂から出た伊吹の体を見て赤面した。 文字の読めないレイアに、手の空いた伊吹が現地語を教えた。理解の早い彼女は、あっという間にそれを会得してしまうのだった。 毒蛇に噛まれた伊吹を、夜通し真一とレイア二人で看病した。 行き詰まった神殿場所解読を、レイアの何気ない一言が突破口になった。 大きな街へ三人で買い出しに行き、久しぶりの肉を食べた。 食卓はいつも笑いに囲まれ、やがてその声を聞いた街人が集まり、『そんなに入れないわよ外で食べましょ』と宿の裏にテーブルを並べ、 いつしかそこは、街人皆の憩いの場。共に飯を囲む場所となっていた。
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