回想回

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▽ 伊吹信元十歳の春。 言語世界、荒野の上で、彼は黒い化け物と対峙する。 「これでもくらえーッ!」 丸めた紙が放物線を描き飛び、不定形の化け物の眼前で爆発した。 今の彼とは比べ物にならない程小さな爆発。 しかしそれを何球も投げ続け、終いには両手で持てる限りの紙玉を放り投げ起爆した。 土埃が消える頃、もうその怪物の姿はなかった。 「よっしゃぁ!どうだ俺の新しい爆弾『ナオキくんとユウナちゃんは付き合っている』の威力は!」 少なくとも俺にとっては泣くほどの威力だったぜ。とヤケクソ気味に叫ぶ彼は、しかし楽しんでいた。 自分しか知らない広大な世界。 自分だけが持つ特別な能力。 ──まるで物語みたいだ。 スーパーヒーローの様に怪物と戦える。それだけで途轍もない充足感だった。 ある日、そんな彼がいつも通り言語世界にやってきた時、自分だけの廃世界に、もう一人。少年が立っていた。 黒縁メガネの、整った顔の少年。 荒野の真ん中で曇天を見上げる彼に、伊吹は声をかけた。 「お前、誰だ?」 これが二人の出会いだった。 ▽ 焔音真一と名乗った彼は、この春からこちらへ引っ越してきた転校生だった。 たまたま同じクラスになった二人は、すぐに親友となり、毎日昼休みの屋上で、あの世界あの怪物について語り合った。 「だから、あの化け物はきっと幽霊なんだよ!悪い幽霊!」 「うん。それは一概には否定は出来ない。古くから伝わる幽霊の話は、彼らがあの怪物を見たことが原因とも考えられるしね」 彼は、すこぶる頭が良かった。 今まで、ずっとテストで一位を取ってきた伊吹は、真の天才というものを知った。 そんな真一が言うことはいつも的確で、納得がいく。聞いているだけで気持ちが良くなった。 更に、彼の言葉は人に大きな力を与えた。 サッカーの試合前の子に励ましの言葉をかけると、その試合でハットトリックを決めた。 本番では緊張してロクに弾けないピアノ少女は、大事な大会の前、彼の言葉を胸に金賞を取った。 気付けば彼は、みんなの中心だった。 とても頭がいいのにウザったらしくない。 一緒にいればいい事が起こる。 顔がいい。 『出る杭は打たれる』小学生社会でも、彼は誰にも疎まれずに過ごせた。 しかしそれでも、二人の仲に変わりはなかった。
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