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『さて、患者さんのところへ行きますか』
大きなリュックを背負い、そう笑いあった二人を呼び止めるレイア。
振り返った二人に、葉製の弁当箱を渡す。
『弁当忘れるなんて......。いつもより一時間以上も出発するのが早いんだから、慌てすぎは身を滅ぼすわよ』
『あぁ、ごめんごめん』
そう言ってレイアに近づいた伊吹はしかし、何故かギュッと弁当を離さない彼女を訝しむ。
『どうした?』
俯いているレイア。消え入りそうな声で、口を開いた。
『これで、もうお別れになっちゃうかもしれないのね......』
『そうだな......。もし見つけたら、三日後には帰らなきゃ行けない』
彼女の肩が、小さく見えた。
いいや。これが本当の大きさなのだろう。
この半年間共に暮らしてきた彼女は、いつも明るく、頼り甲斐のある女性だった。
ただ今は、分かりきっていた別れを、それでも引き伸ばしたい一心の行為だった。
『私の両親はね、私が子供の頃に朝早く森へ出かけて行って亡くなったわ。事故だったんだけれど、私はそれから、ずっと一人だった』
彼女は一人で、ここまで一人で生きてきた。
『街の人達にも沢山助けてもらったけれど、それでも一人には変わりなかった。笑うことなんて、もう何年もなかった』
顔を上げたレイアは、潤んだ瞳で笑っていた。
『だから貴方達がいた半年間は、とても、とても楽しかったわ!あんなに明るい夜は初めてだった!』
パッと弁当を離したレイアは、『発見祝いのご馳走を用意しておくわ』と笑い、背を向け。
しかしもう一度体を向けた彼女は背伸びをして、伊吹の唇に自分の唇を近づけて、
しかしそれも途中でやめ、伊吹のネクタイを締め直すだけだった。
『......行ってらっしゃい』
どれだけの迷いがあったか。
彼女が何を思っていたのか。
〈世界一鈍感〉を自負する伊吹でも、鼓動が早くなるほどにわかった。
▽
大きく口を開けた洞窟。奥行きはそれほどないように見えたが、
「ここだな」
壁面に見つけた窪みに手をかけると、ゴウンと重い音がして壁がせり上がっていく。
石片がパラパラと落ちる中、奥へと続く通路が顔を出した。
「マジであったぞ......、おい」
「ああ。入ってみよう」
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