季節外れの白い花

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季節外れの白い花

 季節外れの桜が咲いた。通勤途中に通りがかる目黒川のほとりに、重なるように並び立つ桜の木々。その葉は橙に色づき始めたばかりだというのに、一部の枝に白くて可憐な何かが風に揺られていた。私は思わず立ち止まり、近付いてまじまじと見た。これは明らかに季節外れの、桜の花だった。  昔、好きな人が言っていた。白い花が一番好きなんだと。あれは二人で夜桜を見に行ったときのことだ。星空のもと満開に咲いた桜を背に、彼女は笑った。「ねえ見て、まるで宇宙みたいだよ」と。  それで私は、白い花を見るたびに思い出す。紅葉みたいな幼い手のひらをした、大好きだった人のことを。  あの頃は二人とも幼かった。ただ好きだという気持ちだけで、ずっと一緒に居られると、迷わずそう信じていられた。  でも今あの子はここには居ない。それだけが事実なのだ。私は再びヒールを鳴らしながら、会社へ向かって歩き始めた。
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