1 カモミールティー

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 アリエルがラプランシュを出ると風が吹いていた。ハンガリーやオーストリアに憧れる。ヨーロッパだって北米や南米の先住民と同様の、ふるさとであったに違いない。そこを十字軍が侵略して、キリスト教的文化を押し付けていったのだが、それはのちに帝国主義になってアジアを侵した。何度でも、野蛮なものがふるさとを襲うのである。もともとの平和なヨーロッパ、大きくて野蛮なものに統合されないヨーロッパが、ハンガリーやオーストリアなのだとアリエルは思った。  アリエルが歩いていると、玉ねぎの畑があった。マナの木が立ち、あふれるマナ(自然の魔法力)によってすべてが育まれていた自然中心の古代世界があったと思う。中世的な職人の作ったものがあれば十分で、産業革命以後の大量生産品には心が宿っていないのである。しかし、労働の疎外がますます世界のマナを減らしていくことに人々は気づいているようだ。  アリエルは市場に行き、玉ねぎをひと山買う。玉ねぎは炒め玉ねぎにしようか。それともスープ? レーゼに料理を作ってあげたい。女が男に料理を作ってあげるということ。  熟したトマトがたくさん積んであり、その隣には、茹でて塩をつけるとおいしい里芋がある。  夕方の風は涼しい。あたりが暗くなってくる。やがて太陽は沈み、アリエルは広場でペットボトルに入った冷たい紅茶を飲むのである。 (きっと、私は必要とされていない。  私の仕事を必要とする人はいない……かな?  でも、レーゼはわたしの料理を食べたがっていると思う。  だから生きている理由があるのだし、毎日を暮らしていける)
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