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 黒花朔弥という男に対する白金凪彦の第一印象は、「若い准教授だな」というものだった。  モデルのようなスラリとした体格、明らかにオーダーメイドとわかる個性的な仕立てのスーツ、長く伸ばした髪、大人しいが、意志の強そうな瞳――凪彦にはよく分からないが、恐らく彼は若い女子達にそこそこモテる人種だったのだろう。  彼の専門が「犯罪社会学」という厳しい内容であるにも関わらずゼミには女子が多く、凪彦ほか4人の男子学生は常に場から浮いたような状態になっていた。  そのため、朔弥は自分たちに気を遣ってくれることが多く、夏休みに入る頃には凪彦は彼とかなり親しくなっていた。 「先生、僕は社会学者になりたいんです」  大学1年の夏からその意志を強く持っていた凪彦に、朔弥は少し驚いたようだった。  難関試験を突破した同学部の多くの学生は、この後は教職を目指すか、普通にサラリーマンやOLになるべく進路を決める。  犯罪社会学のゼミに入る学生の多くは卒業論文を最後にこの分野を学ぶことをやめてしまい、本気で社会学を勉強する者はほんの一握りなのだ。 「本気なら、応援しますが……大変ですよ?」  朔弥はそう言いながら、凪彦にまず大学院を目指すことを勧めた。  この大学ではなく、もっとレベルの高い国立大学の大学院を目指さなければならない。  自分自身がどうしてきたかを交え、朔弥は凪彦に「これからやらなければならないこと」として丁寧に説明してくれた。 「先生の『カバン持ち』になれば良いのかと思っていました。そうじゃないんですね」  そう言うと、朔弥は笑って首を振った。  自分で言うのもアレだが、この大学ではダメだ。  内緒ですよ、とおどけながら、朔弥は自分の勤め先を裏切るようなことを平気で語った。  凪彦のためにそうしてくれているのだという嬉しさと、朔弥への信頼――そこにそうではない「別の気持ち」が混じり始めたのは、今思えばその頃だったのだろう。
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