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触れ合った2つの唇。
体中の毛がざわつき、立ち上がるような感覚を覚えた。
みんな寝静まった宿泊棟のロビーで、浴衣をはだけた倭が朔弥の膝に乗っていた。
「青木くん、やめなさい」
「嫌、お願い先生」
戸惑う朔弥に、倭は一歩も引く様子がなかった。
彼はその強引さで、夜の空気を支配しているように見えた。
(青木は……なぜ)
彼は何故、あの人の懐に入ってしまえたのか。
そして何故、あの人がそれを許したのか。
凪彦にはまるで理解ができなかった。
倭が、戸惑う朔弥に乞うたのは「抱いて」というあまりにも直球(ストレート)な欲望であった。
「先生の側にいられればいいと思ってた。だけど……それじゃもう我慢出来ないんだ」
「落ち着きなさい、青木くん」
朔弥はそう言って、彼の体をそっと押し返すようにした。
だが、倭は引こうとしない。
「お願い……先生が欲しい」
2度めのキスは、朔弥が許さなかった。
倭の体を撫で、宥めるようにしながら、朔弥は彼に部屋へ戻るよう促した。
「君は今、きっと旅行で気が高揚してしまっているんです。そういう心理状態の時は、判断を誤りやすくなるんです」
「でも……先生」
「君が眠るまで、一緒についていてあげましょう。今日はそれで、許してくれますね?」
倭はしばらくごねて泣いていたが、やがて朔弥のいうことを聞いたようだった。
2人が倭の部屋に消えていくのを見ながら、凪彦は全身が炎に焼かれるような感覚を味わっていた。
ああ、これが本当の「嫉妬」というものなのだと――それをハッキリと自覚した。
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