堕ちる夜

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*  朝の食卓に響くのは、咀しゃく音ではない水気のある音。  額を合わせていたのに、いつの間にか口唇同士が触れ合っている。  けれど、音が鳴っているのはそこからじゃなかった。  含むのは、彼そのもの。  恥ずかしげもなく、自分の中に飲み込んだ。  彼の肩に乗せた手にかかる髪。  それがこそばゆく揺れる。 (新田くん……どうして……)  遠のきそうになる意識を掴んだままでいると、モヤモヤとした不穏な何かが、胸に生まれる。  それを誤魔化そうと、必死に身体を揺らす。 「あったかい……」  成美の口唇を含んだまま、聖司は、ふふ、と柔らかく微笑んだ。  朝陽が射し込む明るい部屋。  狂ったような成美の嬌声に混じる、彼の吐息。  大きく波打つ彼に、全身を撃ち抜かれる。  真っ白に染まっていく意識の淵。  昨夜は薄暗くてよく見えなかった彼の表情。  快感に襲われる様を見る。  優しくふわりと笑う彼とは違う。  欲望のままに快楽を味わうような、恍惚な表情。  ただの、雄の顔だ。  それが彼を、羨望と憧れの遠い存在としてではなく、現実に居る他の男と変わらない、欲望に抗えない普通の人間なのだと思わせる。  そして、その現実味が、憧れだった彼の美化された想い出を濁らせた。 突き放そうとした意識が戻ってくる。  しなだれかかる成美を抱きしめる聖司。  呼吸を整える成美の乱れた髪を梳きながら、……耳元で「可愛い」と囁いた。 (ねえ、新田くん……  今まで、そうやって囁きかけた女の子はどのくらい居るのかな。  ずっと彼女居ない、って言ってたけど、それは本当なの?  それが本当だとして、……ね、新田くん。  私、避妊具……って、持ってないんだ。  彼女の居ないあなたが、そんなものを持ち歩いてるのは、どうしてなのかな――……) .
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