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朝の食卓に響くのは、咀しゃく音ではない水気のある音。
額を合わせていたのに、いつの間にか口唇同士が触れ合っている。
けれど、音が鳴っているのはそこからじゃなかった。
含むのは、彼そのもの。
恥ずかしげもなく、自分の中に飲み込んだ。
彼の肩に乗せた手にかかる髪。
それがこそばゆく揺れる。
(新田くん……どうして……)
遠のきそうになる意識を掴んだままでいると、モヤモヤとした不穏な何かが、胸に生まれる。
それを誤魔化そうと、必死に身体を揺らす。
「あったかい……」
成美の口唇を含んだまま、聖司は、ふふ、と柔らかく微笑んだ。
朝陽が射し込む明るい部屋。
狂ったような成美の嬌声に混じる、彼の吐息。
大きく波打つ彼に、全身を撃ち抜かれる。
真っ白に染まっていく意識の淵。
昨夜は薄暗くてよく見えなかった彼の表情。
快感に襲われる様を見る。
優しくふわりと笑う彼とは違う。
欲望のままに快楽を味わうような、恍惚な表情。
ただの、雄の顔だ。
それが彼を、羨望と憧れの遠い存在としてではなく、現実に居る他の男と変わらない、欲望に抗えない普通の人間なのだと思わせる。
そして、その現実味が、憧れだった彼の美化された想い出を濁らせた。 突き放そうとした意識が戻ってくる。
しなだれかかる成美を抱きしめる聖司。
呼吸を整える成美の乱れた髪を梳きながら、……耳元で「可愛い」と囁いた。
(ねえ、新田くん……
今まで、そうやって囁きかけた女の子はどのくらい居るのかな。
ずっと彼女居ない、って言ってたけど、それは本当なの?
それが本当だとして、……ね、新田くん。
私、避妊具……って、持ってないんだ。
彼女の居ないあなたが、そんなものを持ち歩いてるのは、どうしてなのかな――……)
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