見せない心

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*  エンジンを切った真っ暗な車内には、ぴんと鳴る静寂の音が耳に障る。  マンション1階の駐車スペースに車を停めると、深々とシートに体を沈めて、聖司は大きく溜め息を吐いた。 (正直、今日は帰して正解だった……)  さっきまで助手席に乗せていた生徒の痴態を思い出す。  降って湧いた苛立ちの所為で、性的興奮を高められないまま、いつも以上に乱暴にしていたかもしれない。  自分に狂暴な部分があるとは、香澄と関係を持つまで知らなかった。  頭を過るあの女の色香溢れる笑みに、聖司は目元を強ばらせた。  最初は、そう。  とても綺麗な人だと思った。  聖司よりも10歳も年上だと聞いたときは、本気で疑った。  大学三年の終わり頃に始めたアルバイト。  香澄は、バイト先の予備校の講師として働いていた。  当時の名前は、一ノ瀬香澄。  人当たりがよく、教師生徒男女問わずに親しまれていた。  聖司にも親切にしてくれて、姉のような人だった。  香澄との関係が変わったのは、大学卒業を控えた頃。  予備校のオーナー理事だった当時の校長に、生徒に親しまれる人柄と頭脳を買われ、春から正式な職員として予備校に勤めることが決まっていた。     
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