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あとは気ままに卒業を待つばかりの頃だった。
突然、聖司は予備校に顔を出さなくなった。
無断欠勤。
理由を知らない香澄は、毎日のように聖司の家に出向いていた。
彼女に対応していたのは、いつも聖司の母親。
体調はどうか。予備校は聖司を必要としている。
また出られるようになるまで様子を窺いに来る。
それを聖司の母親に伝える為だけに、足しげく通っていた。
ひと月ほどが経った頃。
聖司に変化が見られた。
香澄に、ドライブに誘われた。
毎日、聖司の心配をしてくれる先輩の気遣いが、聖司を外に出させたのだった。
香澄は車を走らせながら、助手席の聖司に他愛のない話をした。
どの生徒がどこの大学に受かった。
ある教師が生徒の前で恥をかいた。
共有できる話に笑いを交えてくれる香澄の優しさに、聖司は次第に、塞いでいた心を許していった。
一時間か二時間か。
随分と遠くへ連れられてきた場所は、海辺だった。
海岸沿いのそこは、冬には誰も使わない海水浴場の駐車場。
夕陽はとっくに海の向こうに沈み、潮の香りが満ちる全景には、夜の帳が降りていた。
雄大な自然の寛大さが、聖司の心を解いた。
波の音が車内に届く沈黙の中で、聖司は泣いた。
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