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壊れ崩れる
*
ざー、と音を立てていた流水を止める。
傍らのタオルを手に取り、口元を押さえた。
洗面所の鏡に映るタオルを宛てた顔の目元は赤く、潤んでいた。
(……初めてではないけれど、慣れるものでもない)
喉に引っ掛かりを感じるような不快感に、鏡の中の成美は眉を寄せた。
タオルに吐き出す大きな溜め息が震える。
(苦しい)
そう感じるのは、聖司の欲望を飲み込み不快を感じる喉ではなく、自分の気持ちを確信した、心の方だった。
――――『美咲』
うわ言のように呟いていた聖司の声が、成美の心を痛めつける。
彼はまだ、美咲を想っていた。
成美を彼女に見間違えるほど。
(気づかなければ、よかった……。
そうすれば、こんなに苦しい気持ちになることはなかったのに……)
成美は溢れそうになる涙を、タオルに埋めた。
もうどうすることもできない、この気持ちの行く先。
彼が彼女の名前を成美に向かって呟いた瞬間、心が破けてしまいそうに痛んだ。
(私、新田くんのこと……)
10年前に生まれた感情が、時間を飛び越えて、成美の心で華開いたのだ。
成美は涙を堪え、リビングに戻る。
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