壊れ崩れる

1/28
345人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ

壊れ崩れる

*  ざー、と音を立てていた流水を止める。  傍らのタオルを手に取り、口元を押さえた。  洗面所の鏡に映るタオルを宛てた顔の目元は赤く、潤んでいた。 (……初めてではないけれど、慣れるものでもない)  喉に引っ掛かりを感じるような不快感に、鏡の中の成美は眉を寄せた。  タオルに吐き出す大きな溜め息が震える。 (苦しい)  そう感じるのは、聖司の欲望を飲み込み不快を感じる喉ではなく、自分の気持ちを確信した、心の方だった。 ――――『美咲』  うわ言のように呟いていた聖司の声が、成美の心を痛めつける。  彼はまだ、美咲を想っていた。  成美を彼女に見間違えるほど。 (気づかなければ、よかった……。 そうすれば、こんなに苦しい気持ちになることはなかったのに……)  成美は溢れそうになる涙を、タオルに埋めた。  もうどうすることもできない、この気持ちの行く先。  彼が彼女の名前を成美に向かって呟いた瞬間、心が破けてしまいそうに痛んだ。 (私、新田くんのこと……)  10年前に生まれた感情が、時間を飛び越えて、成美の心で華開いたのだ。  成美は涙を堪え、リビングに戻る。     
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!