来る春を、君に捧げる

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 強く風が吹いている。吹き付ける風は氷のように冷たくて、身を固くした。きっと彼女も同じように寒いのだろう。白いマフラーは暖かそうだが、チェックのスカートから見える膝は冷たい風に晒され、細い指はきっと凍りついてもおかしくない。  そんな彼女は自分の寒さなんて気にしないように、カメラを体育館倉庫へと向けていた。いや、正しくは体育館倉庫の屋根にいるエナガに。熱心に彼らを見てはシャッターを切っていた。白い塊たちは戯れるように屋根の上を跳ねるが、あれらの何が彼女をそうも夢中にさせるのか、私には理解しかねた。彼らはただ白いだけではないか。雪原では雪に紛れ姿も見えない。華やかさもなければ猛禽のような力強さもない。なのにあの美しい榛の相貌は先ほどから白い鳥たちを逃さない。  「ああ、彼女がこちらを向いてくれれば、どれほど幸福なことだろう。」  けれど私の声は彼女には届かない。きっと、彼女を鳴き声で呼び止められ、その翼で彼女のもとへと舞い降りることのできるエナガの方が私より優れているだろう。  どれだけ彼女を呼び止めようとしてもできない。  寒そうなその身体を暖めることはできない。  吹きすさぶ北風を遮ることもできない。  もし私の持っているもので、彼女がそれを望めばなんだって差し出せるのに、彼女の役に立ちそうなものを私は何一つとして持っていない。  「ああ、彼女の傍にいることができれば、どれほど幸福なことだろう。」  けれど私の足は地面に根を張ったように動かない。  彼女はきっと私の気持ちなんて雪のひとひら分さえも知らないだろう。そして私もまた彼女の見ている世界を知らない。  きっと彼女のファインダー越しに見る世界というのは輝いているのだろう。  何でもない冬の空でさえ、彼女はその高さを知り。何でもない道端の草花でさえ、彼女は息づく様を見る。私も彼女の見ている世界を知ったなら、もう少し近づくことができるのだろうか。  「ああ、もし彼女が私をファインダー越しに見てくれたなら、美しい世界の一部になれたなら、どれほど幸福なことだろう。」  しかしきっとそれはないだろう。今の私は冬の寒さに身を縮め、華やかさの一つもない、冬を耐えるだけのつまらないものだから。きっと写真に収めるどころか、記憶の片隅にすら残らない。
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