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体温が溶け込んだ、その涙の温度さえ煩わしかった。
瞳からポロっ、とまた一つ涙が落ちた時、唐突に彩の周りから音が止んだ。
ただ、それは一瞬のことだった。
またすぐに雨音は響きだしたが、今度はそれは下からではなく、頭上から聞こえ、雨粒が身体に当たる感触も消えている。
「……あの」
代わりに声がした。
低く穏やかで落ち着いた、温かみのある声だった。
「何が、そんなに悲しいんです?」
滲んだ視界が、少しずつクリアになる。驚きで、少し涙が引いたらしい。
下に向けていた視線を少し上向かせると、黒いスニーカーが見えた。その上には黒のジーンズと紺色のパーカー。背の高い男性だった。
さらに視線を上げて顔を見上げると、長めの前髪と真ん丸の眼鏡のレンズの奥から、彩を気遣う視線と目が合った。
「……これ、良かったら使ってください」
男性は手に持っていたタオルを彩に差し出した。彩がそれを受け取った時、男性の身体は傘に入っておらず、雨に打たれているのに気付いた。
「あ……」
迷惑をかけて申し訳ない、と彩は思った。
けれども男性は雨に濡れるのを気にした様子はなく、少し屈んで彩と視線を合わせると、柔らかく微笑みかけた。
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