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5
五時になると図書室を閉める時間となる。扉に鍵を掛け、鍵の返却のためそのままの足で職員室へと向かう。
毎週鍵は交代で私か高野が返しに行く。先週は高野が返しに行ったので今週は私だ。
「じゃあ後はやっておくので、帰っていいぞ?」
「あ、うん」
扉の前で高野に別れの挨拶を済ませる。何故か彼女は私と少し距離を開けて立ったまま、動こうとしない。鞄を両手でスカートの前に持ち、もじもじと小動物のように動いている。
「それではまた明日」
訝しくは思ったが、沈黙したまま二人共に動かないのもどうかと思い、先に折れた私は職員室へと向かって歩き出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
鍵を返し下駄箱までたどり着いた。
靴を履き替えようとしたら、そこに高野がいるではないか。下駄箱にその小さな体を預け、虚空を見つめている。斜陽に照らされた彼女のオレンジ色の肌がやけに眩しく見えた。
流石にここで声を掛けないのも失礼だ。私は一呼吸置いて彼女に声を掛ける事にした。
「どうしたのだ高野、まだ帰っていなかったのか。五月とはいえそろそろ暗くなってくるぞ?」
私の声に高野は驚いたように振り向いた。その拍子にばっちりと目と目が合ってしまう。私も高野もお互い積極的に人と話すタイプでは無いので、その現象に耐えきれず、反射的にすぐに目を逸らしてしまった。
先程と同じように鞄をスカートの前に持ち、何やらもじもじを繰り返す。先程と違う所は今度は彼女から話し始めた事だ。
「あの……実は……えっと……」
「???」
やはり何か私に話したいことがあるようで、しかしその先の言葉が中々出てこない。しかし私もこんな時、一体どうしてやるのが正解なのか、全く以て最適解を見出だせずにいた。
仕方がないので情けないとは思いながらもそのまま高野が話してくれるのを待つ事にした。
「高野、ゆっくりでいいぞ。別に私は急いでいる訳では無いからな」
「え!? あ……、うん。ごめんなさい。私、あの……こういうの、初めてで」
申し訳無さそうに謝罪してくる高野。何と言うか、どうしてやるのが彼女にとっていいのかが良く分からない。これなら問題集でも解く方がよっぽど簡単だ。
やがて彼女は大きく深呼吸をした後、今度こそはと話し始めた。と言っても全くお互いの目が合う事は無いが。
「あの……君島くんに相談したいことがあって……。少し帰りながら話せないかな?」
やっと言えたと思ったのか、若干安堵しているように見えるのは気のせいだろうか。
しかし高野がそんな事を言ってくるとはかなり意外だった。
私も高校二年生だ。同い年の女子と一緒に帰るという事には流石に少し気恥ずかしさもあったりする。高野もそれは同じではないかと思うのだが。平気なのだろうか。
しかし逆に考えれば普段控え目な高野がわざわざそんな事を言ってくるくらいだから、何か相当困っていたりするのかもしれないとも思う。
とにかく相当勇気を振り絞ったに違いない。無下に断るのも悪いし、変に意識し過ぎるのもそれはそれで自意識過剰のような気もする。
私は逡巡した後、至って平静を装って答えた。
「まあ、構わないが。私などでいいのであれば」
「ホント!? いいの!?」
高野は心底意外そうな目を向けてきた。
いやいや、それではまるで断られる前提で頼んできたみたいではないか。先程は逸らしていたにも関わらず今はまじまじと私の顔を見てくる。正直かなりむず痒い。
「とにかくだいぶ遅くなってきたし、帰りながら話そう」
「あ、うん。そうだね。ありがとう」
私は靴を履き替えるとゆっくりと高野の横へと並び、そのまま追い越す。
高野が「あ・・・」と言ってそのまま少し小走りで私の隣に追い付いてくる。彼女の足音が奏でるリズムが想像以上に小刻みで、女子の足音とはこういうものなのかとそんな事を考えただけで鼓動が早くなっていくようであった。
私はそんな焦燥を気取られぬように、ゆったりとした歩調を意識しながら一歩一歩丁寧な足取りで歩く。
夕暮れで少し赤み掛かった校舎。いつもと変わらない筈のその景色が、今では全く違ったものと映るのだった。
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