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「じゃあ、他に『ポチ』なんて言葉ある?」
「突起と言うかボタンと言うか。『ぽっち』やなあれも」
「犬の背中にボタンが付いてるの?」
「押したら、何が出てくるんやろな」
桜でも咲くんじゃない? と私が言うと、彼女は面白がって笑った後、ふと眉をしかめた。
「どうしたの」
「いや、それちゃうか?」
どれですか?
「桜、というか花咲かじいさん。あれに出てくる犬はポチやったよな」
昔、母親に読んでもらった絵本を思い出す。少なくとも私の知る花咲かじいさんのお話ではそうだった。
「あれだけ有名な話や。あの話が有名になったおかげで、『ポチ』イコール犬という認識が広まったんちゃうか。花咲くし縁起もええやないか」
「犬は死んじゃうけどね」
「そこは、日本人の好きな忠犬ってやつやから、逆にええんやろ」
「まあ、そっか。でも、そんな単純なものなのかな」
彼女はミルクを混ぜていたスプーンを手に持ち、それで勢いよく私の方を指す。
「あんな、百合絵。歴史って言うのは勝者の歴史や」
「はあ」
「藤原氏が隆盛を誇ったから、その一族から名を与えられて佐藤とか加藤とか進藤とか、藤の付く苗字が広まったんや。あのとき橘家が逆転しておけば、橘高さんとかがうじゃうじゃおったかもしれん」
タチバナって一体誰だ、という疑問はともかく。つまり縁起のいいものや、名誉なものにあやかろうという意思の表れか、と納得しそうになったが、
「待って。じゃあ結局どこから『ポチ』なんて名前が出てきたの」
根本的な問題に戻ってきてしまった。
「『タマ』はまだわかるのよ、玉とか魂とか珠とか。『ポチ』ってやっぱり謎」
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