ポチ

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 梨子はしばらく思考に集中していた。やがて思い出したようにコーヒーを飲み干すと、 「突然変異ちゃうか」  などと言い出した。 「いきなり生物学?」  私は少し笑う。 「ある日ある場所、偶然に『ポチ』という名前が現れた。たまたま『ポチ』文化は静かに広がり、やがて運よく、犬の代名詞というありがたい称号を入手した」  私は彼女がコーヒーカップを机の上に置くのを見ながら言う。 「だけど、『ポチ』の特別性をそこまで見いだせない。現代まで生き残るには運が良すぎじゃない?」 「じゃあ、なんで百合絵はあの猫に『ポチ』って名付けたん?」  私は返事に窮した。 「もうそこまでいったら、運命づいた何かがあるんちゃうか? それか、逆に一回『タマ』って呼んでみたら? 案外何か掴めるかもな」  私は曖昧に頷いた。そのとき、自分の青いスカートの上に、ミルクによる白いシミができていることに初めて気が付いた。
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