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紺色の麻のジャケットに細身のブラックデニムを履いた椎名は、普段よりは引き締まった雰囲気になってはいるが、どうしても『若造感』は消しきれていない。けれど椎名も精一杯の真面目な顔で相原を見つめ返した。
「……望月さんの会社の後輩で、椎名と言います。帰るのはちょっと待ってもらえますか」
言いながら椎名が沙和の隣の椅子に座った。目が合うと、少しだけ強張った微笑みを向けられる。沙和は椎名にそっと目配せしてから正面を向いて「私が呼んだの」と言った。
「望月さんが困っていると聞いたので……」
椎名がそっとテーブルの上にボイスレコーダーをのせると、相原は片眉を上げた。
「……なるほど。考えたね」
沙和が試したかった作戦。
それは、相原との会話を録音して、それを盾に画像を取り返そうという内容だった。相原が沙和を脅しているという証拠ができれば、きっとそれは大きな武器になる。
相原を外食に連れ出せるか、そして録音役の椎名が沙和たちの隣のテーブルに座れるかが重要だったのだが、今のところどちらもクリアしている。
(あとは、ちゃんと録音されてれば……)
椎名はボイスレコーダーをジャケットの胸ポケットに入れると「望月さんのこと、画像を使って脅してるんですよね? それを消してください。そうすればこっちのデータも消します」と低い声で提案した。
相原は無言で椎名を見返し、次いで沙和に視線を移す。
その目は、沙和に何も語りかけてはこなかった。
「……それがちゃんと証拠になるのか、再生してみろ」
ぞくりと背中が粟立つ。
こんな時でも相原には余裕があるように見えた。椎名も隣でびくりと肩を震わせたのがわかる。それでも椎名は気丈に「わかりました」と答え、ボイスレコーダーを取り出した。
「あ、ちょっと待って」
そこに更に声がかかった。
「ええっ!?」
思わず沙和が声をあげたのは、いつのまにかテーブルのすぐそばまで壮太がやって来ていたからだ。
(なんでいるの!?)
壮太は一度相原に顔を見られているので、ばれたらまずいと近場で待機してもらっているはずだった。
もしや椎名と同じように、店内のどこかにいたのだろうか。このタイミングの良さからしてそうとしか思えないけれど、なんて危なっかしいことをしているのか。
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