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壮太がいまだ無表情の相原に声をかける。相原は壮太を無機質な目で一瞥すると、イヤホンを外し、椎名に視線を合わせてきた。
「データの使い道は考えているのか?」
自分にふられると思っていなかったのか、椎名は「へ?」と最初間抜けな声を出したが、すぐに我に返ったのか「一応……同意が得られなかったら、会社に送りつけるっていうのが第一候補です」と答えた。
「これが会社の上司に聞かれたら「なんて非人道的な男なんだ!」って処分されちゃうんじゃない? もしうまく言い逃れできたとしても、噂にはなっちゃうだろうなぁ」
相原は壮太の挑発に乗るつもりはないようで、あくまでも視線は椎名に向けている。椎名も気丈にそれに対峙していて、二人の間に緊迫した空気が流れ出したその時。
間が良いのか悪いのか、壮太と椎名の分のコーヒーが運ばれて来た。
「あ、どうもありがとう」
異様な雰囲気をかき消すように壮太が明るい調子で店員からコーヒーを受け取る。
会話の内容は不穏極まりないのだがl、壮太のおかげでどうやら店員にはそう違和感を抱かせずに済んでいるようだ。店内の明るい雰囲気のおかげもあるかもしれない。
店員が来たことでなんとなく会話が分断されたが、相原も自分のコーヒーを飲むと、今度は沙和に焦点を当てた。
「望月は……どう思ってる」
ここで初めて、相原の目に感情が灯った。
かすかな瞳の揺らめきが、彼の動揺と不安を伝えてくる。
「私は……」
沙和はまっすぐに相原を見つめ返して「相原をこれ以上……嫌いになりたくない」と告げた。
その言葉に相原だけでなく、壮太も目を見張った。隣の椎名からも肩を強張らせた雰囲気が伝わってくる。
「相原の気持ちには応えられない。これ以上一緒にいたって、その気持ちは変わらない。……ごめんなさい」
心臓の音がうるさい。角ばった声で告げた本音を、相原がどう受け取ったのかその表情では何もわからない。
けれど、一縷の望みをかけて沙和は相原を見つめ続けた。
録音された内容を聞けば、相原が沙和を脅していることはきっとわかる。
その細かい内容云々よりも、そういう事実がきっと彼の名誉を傷つける。もしもそれが会社にばれたら、きっと彼は壮太が言うように、不利なレッテルを貼られるだろう。
けれど、沙和はそんなことはしたくなかった。
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