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さっきまでの和やかな空気は消え去り、壮太と椎名は隣の席ながらも精一杯に椅子を引いて相手から離れ、睨み合ったままだ。丁々発止なやりとりについていけず、沙和は目を剥くばかり。
同い年だからだろうか、壮太も椎名もお互いに対して容赦なく、言い争いが終わらない。
なんとか仲裁すべく様子を見ていた沙和だったが、だんだんと聞いていられなくなって「もういいから!」と声を荒げた。
「もうさっきの答えで決まりだから! 覆ることはありません!」
ほら、行こう!
自ら伝票を握りしめて、沙和は先に席を立つ。
後ろから壮太が「ちょっと待ってよー!」となよっとした声で追いかけてきたが、沙和はもちろん黙殺した。
◆
最後までぶつくさ言う壮太をなんとか改札の向こうに押しやると、沙和も椎名もふーっと大きく息を吐いた。ついで顔を見合わせて、小さく笑い合う。それから何となくかしこまった雰囲気になり「じゃあ……家に送ってもらいながら話そうかな」と沙和は声を改めた。
こっちだよと駅前通りの奥を示しながら歩き始め「あのさ、今回のこと、本当にありがとね」と何度目かわからない感謝の気持ちを伝える。
「椎名君がいなかったら、こんな風な結果にはならなかったと思うんだ。何から何まで助けてくれたおかげだよ。本当に感謝してもしきれないというか。……ほんと、プライベートがダメな先輩でごめんね? これから仕事やりにくくならないように頑張るからさ、椎名君も今回のことはそっと心の隅にしまって……」
「忘れろってことですか?」
「……そうしてもらえると助かるかな」
だって恥ずかしいじゃん。情けないじゃん。
顔を熱くしながら沙和がわめくと、椎名は頬をふくらませて応えた。
「残念ながら、俺は忘れません」
「ええーっ、忘れてよ! ほんとにさぁ……」
「だって忘れたら、また望月さんは俺のことただの後輩に戻しちゃうんですよね?」
畳み掛けられるようにかけられた言葉が、沙和の思考を停止させる。その言葉の意味を深読みしはじめたところに「そろそろ気づいてますよね? 俺の気持ち」とまた一歩椎名が心に踏み込んでくる。
ちょうど二人は駅前通りから脇道へと入る分岐点にさしかかっていた。静かな住宅街の間の道に進路を取りながら沙和が椎名を伺うと、愛くるしい小動物が目をうるませてこちらを見ている錯覚に陥った。
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