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彼のその顔は何度も見たことがあるし、受ける印象はそう変わらないのに、妙な迫力がある。
その視線に逃げられないものを感じ、沙和は「う……はい……」と吐息とともに答えた。
椎名が沙和を心配してあれこれ力になってくれたのは間違いない。
けれど、そこにプラスアルファの気持ちがあると……気づかない沙和でもなかった。それだけ椎名は沙和のために動いてくれたし、守ってくれようとしていたから。
「えーと……ちょっと私から言うと自意識過剰なイタイ人になりそうだから……明言は避けてもいいですか」
「大丈夫です。家についたらしっかり言いますから」
「いや、だから……」
家に泊める気はないんですけどと言う前に「あーあっ、俺はてっきり『椎名君て、実は頼りになるのね』って褒められるんだと思ってたんですけど」と椎名が頬を膨らませた。張り詰めた空気がぱんっと弾けて、椎名の顔がいつものかわいらしさを取り戻す。
「もちろんそれも思ったよ! 椎名君がしっかりしてるっていうのは知ってたけど、ほんと今回も頼りになりました!」
「本当に?」
「本当に!」
「……島谷よりも?」
「そ、そこは……同点?」
「望月さんてば、そこはお世辞でも『そうだよ』って言うところですよ」
もっと男心を研究してくださいね、なんて笑いながら、椎名は楽しそうに歩く。酔っぱらって陽気になっているようで、椎名の足取りは軽い。椎名を説得しきれないまま沙和のアパートが見えてきてしまった。
(……相原は、いない)
外階段の前にも玄関前にも、それらしき人影はない。
時間も遅いし、きっと突然来たりすることはないだろう。
ほっと胸をなでおろして初めて、自分が結構真剣にその心配をしていたことに気づいた。
「ここなの。ありがとう」
鍵を出して見せたが、椎名は微笑んだまま微動だにしない。
彼の言いたいことが伝わって、沙和は苦笑する。
「……本当に泊まりたいの?」
「もちろんですっ!」
「電車……」
「あっ、大変だ! 俺の終電、もう行っちゃいました!」
わざとらしくスマホを確認した椎名が、棒読みで言い放つ。
「それ無理ありすぎだから」
椎名の最寄駅まではここから電車で二十分の距離だし、しかも、どちらかといえば沙和よりも都心寄りに住んでいるのである。
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