26、帰り道

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 彼のその顔は何度も見たことがあるし、受ける印象はそう変わらないのに、妙な迫力がある。  その視線に逃げられないものを感じ、沙和は「う……はい……」と吐息とともに答えた。  椎名が沙和を心配してあれこれ力になってくれたのは間違いない。  けれど、そこにプラスアルファの気持ちがあると……気づかない沙和でもなかった。それだけ椎名は沙和のために動いてくれたし、守ってくれようとしていたから。 「えーと……ちょっと私から言うと自意識過剰なイタイ人になりそうだから……明言は避けてもいいですか」 「大丈夫です。家についたらしっかり言いますから」 「いや、だから……」  家に泊める気はないんですけどと言う前に「あーあっ、俺はてっきり『椎名君て、実は頼りになるのね』って褒められるんだと思ってたんですけど」と椎名が頬を膨らませた。張り詰めた空気がぱんっと弾けて、椎名の顔がいつものかわいらしさを取り戻す。 「もちろんそれも思ったよ! 椎名君がしっかりしてるっていうのは知ってたけど、ほんと今回も頼りになりました!」 「本当に?」 「本当に!」 「……島谷よりも?」 「そ、そこは……同点?」 「望月さんてば、そこはお世辞でも『そうだよ』って言うところですよ」  もっと男心を研究してくださいね、なんて笑いながら、椎名は楽しそうに歩く。酔っぱらって陽気になっているようで、椎名の足取りは軽い。椎名を説得しきれないまま沙和のアパートが見えてきてしまった。 (……相原は、いない)  外階段の前にも玄関前にも、それらしき人影はない。  時間も遅いし、きっと突然来たりすることはないだろう。  ほっと胸をなでおろして初めて、自分が結構真剣にその心配をしていたことに気づいた。 「ここなの。ありがとう」  鍵を出して見せたが、椎名は微笑んだまま微動だにしない。  彼の言いたいことが伝わって、沙和は苦笑する。 「……本当に泊まりたいの?」 「もちろんですっ!」 「電車……」 「あっ、大変だ! 俺の終電、もう行っちゃいました!」  わざとらしくスマホを確認した椎名が、棒読みで言い放つ。 「それ無理ありすぎだから」  椎名の最寄駅まではここから電車で二十分の距離だし、しかも、どちらかといえば沙和よりも都心寄りに住んでいるのである。
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