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「んっ……」
両手首をつかまれたままの口づけは、触れ合うだけのものだった。ふわっとした感触はすぐに離れていき、椎名のイメージそのままの優しいキスに、これだったらまあいいかと思ったのもつかの間。
椎名は片手を沙和の背中にまわして自分と密着させるように引き寄せると、再度唇を合わせてきた。今度は柔らかく包み込むようなものではなく、押し付けられた唇は固く、どこか力強さを感じるキスの始まりだった。
「しっ……いな君……」
口を開いた瞬間、見計らったように椎名の舌が入ってくる。そうして沙和の舌を見つけると、嬉々として絡みついてきた。
(聞いてないっ! こんなの反則だっ!)
焦って顔を離すと「あ、ちょっと!」と怒ったような椎名の顔が間近で揺れる。少しだけ口からのぞく舌が暗がりで妙に目について、気恥ずかしいどころの話じゃない。
「も、もういいよねっ、わかった! わかったから……」
「まだです」
背中にまわされた手の力強さはそのままに、今度は後頭部にまで圧力が加わって、再び沙和の唇は椎名に捕食された。もうそういう言い方しかできない位、三度目は長く激しくしつこいキスになった。
「やっ……んんっ……」
舌を絡めあって、吸われて、そしていつのまにか後頭部にまわされた手が沙和の耳をやさしく擦り上げている。そっとくすぐるように耳の輪郭をなぞられると、妙な感覚がせりあがってきた。
(キスしかしないって言ってたのに!)
抗議しようにも唇は使い物にならない。喉の奥からくぐもった声は出るけれど、全く意味はないし、上ずり始めてしまっている。
(やだ……この感覚やだ……!)
体の奥底から這い上がってくる、ほの暗いもの。いやだと思う心とは裏腹に、ちらつくのは快楽の火種。そこに火をつけられてはたまらない。
そして同時に、下腹部にあたる椎名の硬い感触も、沙和を追い詰めていた。
「まっ……待って……!」
必死に顔を振っても、抵抗が最初よりも弱々しくなってしまっている。そんな自分を全否定するように力をこめて椎名の胸を押すと、荒い息遣いとともに椎名は離れた。至近距離で目を合わせるとよくわかる、椎名は欲情している。
まぎれもなく彼は捕食者だ。
小動物だなんて、とんでもなかった。
「望月さん……かわいい……」
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