28、余韻

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「望月さん」  背後からの声にびくりを肩を震わせて振り向くと、椎名がドアを開けて立っていた。髪の毛がぼさぼさで、目が半分くらいしかあいてない。そのぼんやりとした表情のあまりの毒気のなさに、沙和はふっと力を抜いて笑みをこぼした。 「おはよう。……コーヒー飲む?」 「はい。ありがとうございます」  ぴょこんと頭を下げて、大きくあくびをして、いまだ脳の半分も動いていない感じ。  椎名は寝起きはそういい方ではないようだ。頭をぽりぽりとかきながら「……とりあえず、顔洗ってきます……」と、足を引きずるようにして洗面所へと向かった。体も全く起きていない。   (なんだかかわいいなぁ……)  のらりくらりとした姿に癒されながら、沙和は朝食の用意をすることにした。 ◆  顔を洗って着替えまで済ませてもまだ椎名は覚醒しておらず、あくびばかり繰り返している。朝食に出したチーズトーストも極めてゆっくり食べているから、見かねて沙和は「まだ眠いなら、もうちょっと寝ててもいいよ?」と声をかけた。 「いや……いいんです。俺、朝弱くて……。寝起きっていつもこんなんなんで」  気にしないでくださいとうっすら口元をあげて、椎名は相変わらずもそもそと食パンを頬張っている。まさに小動物にしか見えない姿に、沙和はこっそり吹き出した。 (朝の椎名君、トロすぎ……)  失礼なことを考えつつ、沙和は普段通りのスピードで朝食を食べ終えた。椎名はまだ半分といったところだ。 「……あー……なんか微妙に二日酔いっぽいんですけど……望月さん大丈夫ですか?」 「うん、私は平気。椎名君そんなに飲んでたっけ?」 「うーん……まあ、多かったといえば多かったような」  椎名はお酒に強いイメージも弱いイメージもない。会社の飲み会でも適度に楽しんでいると思っていたから、その酒量について気にしたこともなかった。 「壮太が結構強いから、ペース合わせると確かに酔っ払うかもね」 「うーん……」  もしも二日酔いならば、昨晩のこともあんまり覚えていなかったりするのだろうか。  あの濃厚なキスも、沙和に見せた男の顔も、沙和の記憶にしか留まっていないとしたら、何だかそれは寂しいことのように感じる。  伺うように椎名の表情をチェックしていると、彼はその視線を受けて微笑んだ。 「……でも、記憶はちゃんとありますよ」
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