29、意識せずには

2/6
前へ
/274ページ
次へ
「どうって……普通?」  基本、あまり他人に矢印を向けない沙和ではあるが、神田と話すとなんだかイライラさせられることが多い。別に嫌いなわけではないのだが、価値観が違いすぎるのだ。 「普通ってなんだよー。つまんないな」 「いやだって質問の意味わかんないし」  むしろなんで目の前に座るんだろう。沙和がいぶかしんでいると「じゃあさ、椎名は? 最近どうなの」と神田が話題を変えた。  椎名は、入社してから沙和のところに異動してくるまでの三年間、神田と同じチームで仕事をしていた。基本的なことは神田が教えたと聞いているのだが、自分が育てた後輩を心配している顔にしては、どこかそっけない。 「めきめき頭角を表してるよ。椎名君は理解力も応用力もあるから、どんどん色んなことができるようになってる」 「ふーん。俺のとこにいた時とはえらい違いだな」 「それは神田君がちゃんと教えてなかったからなんじゃない?」 「そんなことないぜ? デザインは爆発してナンボって教えを……」 「それよりも大事なのが、納期とほうれんそうでしょ」  神田は、そして彼の上司も含め、自分のデザインセンスを大事にした働き方をする。格好良いものを目指す意識が高すぎて、よく提出期限に間に合わないタイプだった。そんな彼のもとにいた椎名もそれを踏襲してしまい、異動してきたばかりの頃は、期限を間に合わせることよりもデザインを作りこむことを優先していた。  初めて椎名に仕事をふった時、彼が締め切りの刻限になって平然と「できませんでした」と言うのを聞いて、沙和は顎が外れるかと思った。  仕事はスピード命でやってきた沙和にしたら、部分的なデザイン処理にこんこんと時間を使う椎名は扱いづらさしかなく。  早くしろとしつこく言い、中途半端なデザインでもとりあえず提出させていたから、あの頃の椎名はいつも口をへの字にしていた気がする。「まだ作り込みたい」という主張も「間に合わないと困る」と切り捨てた。  こんこんとスケジュール管理の大事さを刷り込み続け、最初は反発してけむたがっていただろう椎名も、少しずつ変わって行った。  今では、沙和が思った以上に椎名も進行管理をコントロールする術が身についている。 (そう言えば、椎名君て最初の頃は絶対、私のこと嫌いだったよなぁ)
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2685人が本棚に入れています
本棚に追加