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着替えまで済ませて何を言ってるんだかと呆れていると、壮太は立ち上がって沙和の目の前にやってきた。
「ねぇ、このままいてもいい?」
「だめ」
「えー、なんでー」
「約束は守るべし」
「でもなぁ、もう沙和とやって満足したから、会わなくても良くなっちゃった」
「ちょっと! だから私とはやめようって言ったでしょうが!」
「いやー、だって今日の沙和があまりにも良かったから……」
「もう!」
まったく悪びれずに笑う目の前の男を殴りたい。ちょうど目の前の、いい位置にある腹にグーパンチを……と拳を握りしめたところで「はいはい、ストップね」と手首を掴まれた。
「冗談だってー。仕方ないから行くよ」
「さっきからマリちゃんに対して失礼すぎない!?」
「沙和は怒りすぎじゃない?」
どうしたのー? とケラケラ笑う壮太を見て、自分を省みろ! と沙和は主張した。
「私だったら、たとえセフレだとしても、そんなふうに思われたら嫌だもん」
「そんなふうって?」
「会うのが面倒とか、直前まで別の女のところにいるとか……」
「なんで?」
「なんでって……」
「ただのセフレだよ? お互いやりたい時に会う関係でしょ? そこに感情とか前後関係とか……必要?」
壮太は腰をかがめて、目線の高さを合わせてきた。底冷えする深く暗い瞳には、見覚えがある。細い目の奥にあるのは、彼のーー。
ぞくりと背筋に走る悪寒に気づかないふりをして、その視線を真っ向から受ける。
「壮太はいらないかもしれないけどさ、マリちゃんはそうじゃないかもってことだよ」
「そんなの知らないよ」
清々しいほどに潔く切り捨てて、壮太はまっすぐな微笑みを浮かべた。
「他人の気持ちなんて知らない。俺にわかるわけない。……そうでしょ?」
聞いておきながら、壮太は沙和の返事を求めていない。すっと姿勢を正すときびすを返す。その背中からは近寄りがたいオーラが出ていて、沙和はこっそり肩をすくめた。
沙和は『マリちゃん』と面識はない。だから彼女の気持ちは分からない。けれど今回の映画のように、彼女が壮太をたわいないデートに誘うことは結構あるから、きっと壮太のように割り切っているわけではないと思う。
(壮太だってきっと、マリちゃんの気持ちに気づいてるはずなのに……)
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