2701人が本棚に入れています
本棚に追加
さっきは知らないなんて言っていたけれど、きっと壮太は察している。それでいてはぐらかしているに違いない。そういうところが本当にひどい男だと思う。そして、どうしようもなく悲しい男だ。
見ていて痛々しくなるくらいに、壮太は誰の好意も信じようとしない。
沙和はその原因を知っている。
だからこそ、彼がたまに手負いの獣のように見える時がある。気持ちなんていらないと嘯く姿に、子供の頃の彼が泣いているイメージが重なる。そして同じく子供の沙和が、そんな壮太を力一杯抱きしめるのだ。
もう何度思い出したのか分からないくらい回想してきた記憶は、沙和の心に苦味を落とす。けれどそれをすぐに打ち消して、沙和はクローゼットに乱雑にかかっている彼のスーツをまとめた。
「スーツ、クリーニングに出す?」
くしゃくしゃのワイシャツも一緒に、ランドリーバッグにつめる。何事もなかったかのようにふるまう沙和に合わせるように、壮太もマフラーを巻く手を止めて、へらりと笑った。
「助かるー。ありがと、沙和。次の時は、お土産奮発するよ」
壮太は微笑み、それがいつもの底の見えない笑顔ではないことにホッとしながら、沙和は「じゃあチョコの焼き菓子がいい」とリクエストした。
「はいよ。じゃあ、俺行くね」
「うん、またね」
「またね」
そうして壮太は最終的には機嫌を直した形で、沙和の部屋を出て行った。
「はー、やれやれ」
わざわざ声に出して呟いて、沙和はベッドに腰掛けた。なんとなく残っている壮太の気配にため息がこぼれる。
嵐が去った。壮太がいなくなるといつもそう思う。別にうるさくする男ではないのだが、妙に存在が騒々しい。
沙和は幼い頃から、壮太には振り回されてばかりいる。
「……またね、か」
壮太と別れる時の挨拶はこれだと決まっている。
「またねって言えば、また会えるでしょ?」といつの日だったかに壮太が言ったからだ。彼は今でこそふてぶてしい男に成長したが、子供の頃は微妙なねじれがありつつも素直だった。
その頃を懐かしく思い出しながらふと、壮太はマリちゃんと別れる時も「またね」と言っているんだろうかと疑問が浮かんだ。
でもきっとこれは壮太に聞いても教えてくれないだろう。
それがわかっていたから、それ以上考えるのはやめて沙和はゲームの電源を入れた。
最初のコメントを投稿しよう!