1、相原知治

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 しばらく相原は仲間たちからの追求をいなしていたが、いよいよ面倒臭くなったらしい。鬱陶しそうに手までつけて振り払い「別にいない時期だってあっただろ」と相原は嘆息した。 「あるったって一ヶ月かそこらだろ?」 「今は半年だ」  確か去年の同窓会では、会社にきている派遣の子と付き合っていると聞いた。たった一枚だけあるという二人の画像を皆でまわし見て、相手の女性が賢そうな知的美人であることにショックと嫉妬を覚えた感覚は、まだ生々しく残っている。   (相原がフリー……)    心の中でその事実を噛み締めていると「それじゃあ今日はもう相原のために皆で飲もう!」とひときわ大きな声がした。 「そうだそうだ!」  がしっと相原の隣に座っていた元キャッチャーが彼の肩を抱き、豪快にビールを注いでいく。 「そんなの求めてない」  相原は迷惑そうに眉をひそめたが、そんなことに構う人間はおらず、全員で何度目かわからない乾杯をした。高校を卒業して十年たつが、このへんの結束力は相変わらずなのだった。  ◆  元野球部の男たちは酒豪ぞろいである。飲み放題の二時間の中で、一体何本ビールをあけるのだろう。そして皆酔えば酔うほどに声が大きくなるから、かなりはた迷惑な団体である。  それがあるからか、年に一回開催されている同窓会はいつもチェーン店だ。  もう三十歳に手がとどく大人のはずだが、こうして皆が揃うと途端に高校時代に時間が巻き戻されたかのようになる。この日も時間いっぱいまで皆で飲んで騒いで、大いに満足して店を出た。  金曜夜の新宿は、まだ宵の口。  居酒屋を渡り歩く人や仕事帰りのサラリーマンで、街はまだまだ人通りも多い。けれど一月の夜風は冷たく、店の前に立っているだけだと、急速に体が冷えていった。  沙和はマフラーを口元まであげて、スウェードの手袋をはめた。指先が暖かいと、少しはマシになる。  次はどこへ行こうかと相談をし始める仲間から一歩離れて、沙和は「じゃあ帰るから」と声をかけた。  沙和はよっぽどのことがない限り二次会には行かない。何故かと言うと、家に帰ってゲームをするのが好きだからだ。  それは高校時代の仲間たちには周知の事実。だから沙和を引き止める者は誰もいない。 「俺も帰る」  その沙和の隣に相原が並んだ。彼もまた帰宅組の常連だ。
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