2699人が本棚に入れています
本棚に追加
2、島谷壮太
沙和が一人暮らししている部屋は、新宿から電車で二十分ほどの駅にある。快速は止まらないが、だからこそ都心に近い割に家賃の相場が安い。加えてスーパーやドラッグストアが充実して住みやすいから、沙和は気に入っていた。
駅から五分の距離を般若の形相で歩き、自宅アパートについてやや乱暴にその玄関を開ける。狭い玄関には、黒い革靴がほっぽり出されるように置いてあった。
「なんでいるの!」
パンプスを同じように玄関に脱ぎ捨てて、沙和は奥の部屋のドアを開ける。勢いよく開いた先には、スウェット姿の男が沙和のベッドに寝転がって漫画を読んでいた。名前は島谷壮太。沙和の二つ年下の幼馴染である。
沙和に気づくと「おかえり。プリン買って来てくれた?」とのんびりした声をかけてくる。
「買うわけないでしょ。ていうか今日金曜日だよ? マリちゃんはどうしたのよ」
「えー? なんか仕事が忙しいからってドタキャンされた。困るよねぇ」
「困るのはこっちだよ、もうっ」
わめきながらコートを脱いで、おおざっぱな手つきでハンガーにかけていると、いつのまにか壮太が沙和の背後に立っていた。そのまま後ろから抱きしめられ「酒くさ」と首元の匂いをかがれる。そのままペロリとなめられて、一度沙和の体が跳ねた。
「ちょっと!」
「あれ、なんでそんなに怒ってるの?」
ここでようやく沙和の機嫌の悪さに気づいたようで、壮太が体を離して不思議そうに沙和をのぞきこむ。邪気のない細い瞳を精一杯にらみつけて「壮太のせいで、相原を連れ込み損ねた!」と叫んだ。
「えっ、相原って……もしかして、あの相原?」
壮太が驚きに目を丸くする。彼は違う高校に通っていたので、相原と直接面識はないが、存在は知っている。
「彼女いなかったっけ?」
「別れたんだって」
沙和は恨みがましい目で壮太をにらみつけるが、当の本人は我関せずと言った様子で「珍しいこともあるもんだね、沙和が男を連れ込もうなんて」と軽い反応だ。
「いいでしょ、別に」
ふんっと沙和は鼻息荒くクローゼットを開けた。紺色のスウェットと下着を取り出して「とりあえず色々流してくるから」とバスルームへと向かう。
「俺が洗ってあげようかぁ?」
間延びした声は黙殺して、沙和は力強くドアを閉めた。
最初のコメントを投稿しよう!