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やれやれと思いながら、羽根布団もその上にかけてやると、壮太はもごもごと口元を動かしながら目を閉じた。どうやら相当に眠いようだ。
「別に起きて待ってなくていいのに」
壮太は合鍵を持っている。それで勝手に入ることなんてザラなのだから、別に沙和を待つことなくさっさと寝ていたってかまわない。
妙なところで律儀なのである。
沙和に背をむけて丸くなる姿は幼い頃から変わらないように見えて、沙和はそっと壮太の頭に手を置いた。柔らかい髪の毛がふわりと指にまとわりついて、まるで猫や犬を撫でているような気分になる。
「おやすみ」
壮太は「ん……」と鈍い反応を示した後、うっすらと目を開けた。
「……高嶺の花って言ってなかったっけ」
「高嶺の花?」
「相原のこと。私には届かない頂きだなんて言って、大泣きしてたじゃん」
先ほどよりトーンの落ちた声で壮太が言う。眠いのかと思っていたが、存外声はしっかりしていた。
それは沙和が高校三年の時の話だ。
甲子園予選で敗退し、相原や沙和は部活を引退した。そうしたら息もつかぬ速さで相原が彼女を作っていて仲間全員が度肝を抜かれたのだ。その時に沙和は自分の想いが粉々に打ち砕かれる音を聞いた。
自分が一番近い場所にいると思っていたけれど、それは奢りだったのだと気づいて、猛烈に恥ずかしかった。
そして家に帰って大泣きした。たまたまそこに壮太がたずねてきて見られてしまったことは、今でも不覚だったと思っている。
「……よくまあそんな前のこと覚えてるね」
いい加減忘れてほしい。壮太の記憶力には呆れてしまう。
「あの時の沙和、この世の終わりがきたみたいだったから」
「まあ……それだけ好きだったってことだよ」
「……今は?」
探るような視線にさらされ、沙和は「わかんない」と肩をすくめた。
「別に今相原がフリーだからって、私が食い込めるかって言ったら微妙だろうし」
「ふーん」
壮太は気の無い返事をして、再び寝返りを打った。今度こそ終わりという意味だろう。
再度おやすみと声をかけてから、沙和はゲームを起動させて、コンティニューを選んだ。すぐにテレビ画面全体にマップが広がる。
そろそろ隣の拠点を攻めるつもりなのだが、兵士の数はそろっていただろうか。
頭を切り替えてゲームに没入しつつ、思い出すのは相原の顔。
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