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1、相原知治
「おいマジかよ!?」
不意に宴席がどよめきに包まれて、その末端の席についていた望月沙和は何事かと顔をあげた。マグロのかまをこそげとることに集中し過ぎていて、話題に乗り遅れてしまった。十人ほど集まった男たちの視線は、ちょうど沙和の対角線上にいる男ーー相原知治へと向いている。
ネクタイを少しゆるめているものの、ワイシャツのハリ感からか、硬質な雰囲気を身にまとう男。相原は切れ長の目を鋭く細めて、皆の好奇の視線を一蹴した。
「そこまで驚くことじゃないだろう」
よく通る低い声が沙和の耳にも届く。くだらないことを言うなと言外に匂わせる、機嫌の悪い時の声音だった。それに合わせるように相原の表情も苦々しい。思い切り不機嫌なオーラがにじみ出ているが、悲しいかな周りの元野球部の仲間たちはそんな繊細な空気は読み取らない。
「いやいや、驚くだろー!」
「そうだそうだ。お前が美人をはべらせてないなんて、信じられない!」
三十歳近くなっても鈍感な男たちは、野太い声で相原に詰め寄っている。
相原も災難だなと苦笑しつつ、沙和は隣に座る仲間の袖を引いた。
「相原、何があったって?」
「彼女にフラれて、今フリーなんだって」
必要ないはずなのに、耳打ちするように小声で知らされる。何となく察することはできていたが、確かにびっくりする内容だった。沙和も目を見開いて、その仲間に再度確認するくらいには。
何せ、毎年一月に新年会と称して行われる野球部の同窓会において、いまだかつて相原がフリーだったことなどなかったのだ。
高校卒業以来、いつだって彼には恋人がいた。
彼は眉目秀麗な容貌だけでなく、文武両道を地でいく能力の高さを持っているので、とにかくモテるのだ。沙和は高校時代の武勇伝しか知らないけれど、とにかく相原の人気は高かった。
一年の時から野球部のキャプテンに就任して試合で結果を残し、成績も常に学年上位。野球部なので丸刈りだし、年中日焼けしているというハンデがありつつも、涼しげな目元に鼻筋の通った顔は、イケメンオーラを放っていた。
野球部のマネージャーをしていた沙和も、何度隠し撮りをせがまれ、何度恨み妬みを買ったかわからない。
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