5、夜の攻防

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5、夜の攻防

 相原は本当にゲームを見るためだけに沙和の部屋を訪れたのだ。  一瞬前まで本気でそう思っていた。  けれど突如相原が雄の雰囲気を醸し出してきたので、沙和はびっくりするやら怖気付くやらで、クローゼットに背をつけるまで後ずさった。 「な、何を?」 「何って……言わないとわからない?」 「い、いやわかるけど……冗談でしょ?」 「別に冗談じゃないけど」  一瞬で距離をつめられ、相原はもう沙和の目の前だ。相原は壮太よりは身長が高くなく、だからこそ顔も一緒に至近距離にある。見上げたすぐ先に涼しい目があって、沙和はぎくりと身を強張らせた。 「望月は今日はどういうつもりで俺を部屋にいれたんだ?」 「どういうつもりって言われても……ゲーム見たかったんでしょ?」 「高校の時みたいに?」  相原はゆったりと手を動かして、沙和の頬に触った。大きな手の平に包まれた部分が熱い。 「じゃあこうなるかもしれないとは、かけらも思わなかった?」 「いや、確かにちょっとは考えたけど……でも……」 「でも?」 「……相原は、別に私としたいなんて思ってないでしょ?」  これを言うのは勇気が必要だった。  自分の心を切り刻む言葉だ。  相原は目を見開いた後に、気持ちのいいくらい爽やかな笑顔を見せた。 「さすが望月。切り込むね」  高校の頃も、いつもこんなふうに核心をついてきたなと相原は懐かしそうに言った。 「ただ、今回はちょっと違う。……俺はどちらかと言えばしたい」 「……どちらかと言えば?」 「うん。まあ望月次第かな」  するりと頬をなでてから、相原の手は離れていった。二人の間に沈黙が落ちる。沙和は相原の目からその心理を読み取ろうとしたけれど、彼の深い瞳の奥にあるものはわからなかった。 (せっかく相原がこう言ってるし、ものは試しにしてみる……?)  そんな享楽的な心の声と (いやいや、でも相原からは、本当はどっちでもいいけど、まあ強いていうなら的な空気が流れてる! これはやり逃げされるパターンだ!)  という理性的な心の声がぶつかり合う。  どっちも沙和の本心で、なかなか落とし所が見つからない。 (じゃあちょっとキスだけしてみようか、とか……言えない! これは言えない!! しかも全然落とし所になってない!!)
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