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「このまま帰る? それとも──」
「……」
間近に迫った彼の何ともいえない艶っぽい眼差しから思わず目が逸らせなくなってしまった。
(これって……もしかして)
誘われているのだろうかと思うと体中がカァッと熱を帯びた気がした。
『このまま帰る? それとも──』
いい歳をした私はその言葉の意図ぐらいちゃんと理解出来た。
だけど──
「今日はこれでさよならしよう」
そう告げるとタイミングよく通りかかったタクシーを停めた。
「悠真くん、相乗りする?」
「あ……俺は其処の駅から電車乗った方が近いから」
「そっか、じゃあまたね」
「うん」
手を振りながらタクシーに乗り込み、行先を運転手さんに告げた。
走り出したタクシーの窓から彼を見るともう駅に向かう後ろ姿を見せていた。
(やっぱり……あっさりとしている)
きっと彼の『このまま帰る? それとも──』という台詞は今まで付き合って来た子に言って来たマニュアル的な台詞なのだろう。
(なんか、それが解った)
『やっぱりそういうことは双方の同意がないとね』
それが彼の本音だと信じたい。
仮にあそこで私が『帰りたくない。ホテル、行こう?』なんて答えていたらきっと彼は興醒めしていただろう。
(そうじゃないかも知れないけれど)
でも私がこの短い間で知った彼だったらきっとそう思うだろうと信じたかった。
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