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彼女を愛している。そしてその身に宿る命も今から愛している。日々大きくなるだろうお腹を撫で、味わったことのない幸せを得ているのだ。
それでも、アネットは強い瞳が睨み付けてくる。この気の強さと瞳は好きなのだが、今は悩みどころだ。
「貴方に何かがあれば、私だって生きる糧を失うわ。若い身空で子供抱えて生きろと言うの? 無責任な事を言わないで頂戴」
「アネット」
「貴方に何かあれば、私は添い遂げます。あの世でも、家族三人で暮らしていけるわよ」
強い瞳が揺れたのは、心が揺れたからに他ならない。とても遠回しに伝えられる愛情のようなものに、息が詰まる。
ヴィンセントは、ここを離れられない。混乱するだろう国を支えるのが役割だ。城が攻められれば、命もないかもしれない。
だからといって愛しい妻と子を道連れになんてできるはずもないのだ。
「頼む、離れてくれ。その子を無事に産んで欲しいんだ。私もそれを糧に頑張るから」
「……嫌よ」
ギュッと抱きついてくる腕に力がこもっている。涙なんて見せない彼女の肩が震えていた。
どうする事も出来ずに困っていると、不意にドアが丁寧にノックされる。そして、予想していない人物がひょっこりと顔を出した。
「あら、アネットちゃん! まだ脱出の準備できてないの?」
「小母様!!」
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