開戦を前に(ファウスト)

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開戦を前に(ファウスト)

 師団長達に状況を説明し、指示を出した後。ファウストは静かに部屋へと戻った。  ファウストの部屋にはクローゼットの奥に隠すように、備え付けのケースがある。木製で板は厚く、外部からは何が入っているのかわからない。鍵もついているそれを開けるのは、随分久しぶりに思えた。  鍵を回し、扉を開けると出てくるのは長さ一メートル二十センチはある長刀だ。剣先から柄までが九十センチ以上ある。鞘には二カ所立派な金具があり、背負う為の剣帯がついている。そしてこの剣自体も壁に括り付ける形で固定具があり、鍵がなければ持ち出せないようになっている。  昔はこの剣一本で戦場を渡り歩いた。いわば、相棒だ。  だが、カール戴冠後の動乱期を最後に数年は使わずにいたものだ。そしてファウスト自身もこれを使う日が来なければと思っていた。  この剣を得て、黒皇という忌まわしい二つ名は完成した。戦場に立つ黒き皇。その姿を見て無事でいられることはない。  馬の体を人ごと両断するこの剣は、決して折れる事もない。  鍵を外し、剣帯に触れる。そしてそこに輝く飾りを指で撫でた。  ランバートとお揃いの物。初めて祝った誕生日、何を送ろうか考えてこれが浮かんだ。思えばあれは、独占欲だったのだろう。あの時にはもう、気持ちは傾いていたのだ。 「ランバート……」  無事でいてくれ。無理をしてくれるな。頼むから、会いたい。  フェオドールからの報告を聞いて、そうした気持ちはより高まっていった。  だが、まずはやるべき事をやらなければならない。ジェームダル国境を睨み、少しでも開戦を遅らせる。その間に先発隊が戻ってきてくれればいいが、いつまでかかるかはわからない。  今は、無事を祈るばかりだ。  部屋を出て、兵の準備をしているアシュレーに近づいていく。ファウストの姿を見たアシュレーは僅かに苦笑した。 「貴方のその姿を見るのも、随分久しぶりです」 「俺もそう思うが、自然と馴染む。俺は所詮、こういう人間なんだと教えられているようだ」  戦場の覇者、屍の上に立つ者。そういう生き方が合っているのだと物語るように、相棒は心強く背にある。  フリムファクシに跨がり、隣りにアシュレーも並び、第一師団は報告のあった夜に王都を出発し、一路国境の砦を目指した。
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