いろをうつす

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 もうすぐ春だというのに、雪が降っている。  昨日から思い出したように冷え込んでいたが、今日の暗いうちから降っていたらしい。朝起きたら、地面や屋根はうっすら白くなっていた。  これで最後の雪化粧になるだろう。  まだちらちらと舞う粉雪のなか、朝食の買いものがてら散歩に出た。  知り合いの姿をみつけたのは、並木道だった。  この寒いのに、手袋もせずカメラをいじっている。樹の近くで佇んでいた彼女の方も、足音を聴き留めたのか、こちらを向いた。  眼鏡の奥の瞳に、おや、と思う。昨日は空の色だったけれど、今は別の色。  吸い寄せられたその目を小さく細めて、彼女は会釈してくれた。立ち止まって会釈を返し、周囲を見回す。ああ、あれだ。同じ色をしている。  向き直って、声を放った。 B「何を撮ったか、当ててみようか」  きょと、と不思議そうな表情の後。彼女はふと、得心した仕草で自分の目に指先をやった。  彼女の瞳は、うっかりすると、色が変わるらしい。  うっかり何かに心を奪われて、目に映したそれをカメラにも写す。  だからその瞳は大抵、最後に撮ったものの色をしている。  樹が広げる枝で、粉雪と戯れるように花が揺れる。  はにかんだ彼女の瞳は、昨日まで蕾だったその花と、同じ色をしていた。 了
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加