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もうすぐ春だというのに、雪が降っている。
昨日から思い出したように冷え込んでいたが、今日の暗いうちから降っていたらしい。朝起きたら、地面や屋根はうっすら白くなっていた。
これで最後の雪化粧になるだろう。
まだちらちらと舞う粉雪のなか、朝食の買いものがてら散歩に出た。
知り合いの姿をみつけたのは、並木道だった。
この寒いのに、手袋もせずカメラをいじっている。樹の近くで佇んでいた彼女の方も、足音を聴き留めたのか、こちらを向いた。
眼鏡の奥の瞳に、おや、と思う。昨日は空の色だったけれど、今は別の色。
吸い寄せられたその目を小さく細めて、彼女は会釈してくれた。立ち止まって会釈を返し、周囲を見回す。ああ、あれだ。同じ色をしている。
向き直って、声を放った。
B「何を撮ったか、当ててみようか」
きょと、と不思議そうな表情の後。彼女はふと、得心した仕草で自分の目に指先をやった。
彼女の瞳は、うっかりすると、色が変わるらしい。
うっかり何かに心を奪われて、目に映したそれをカメラにも写す。
だからその瞳は大抵、最後に撮ったものの色をしている。
樹が広げる枝で、粉雪と戯れるように花が揺れる。
はにかんだ彼女の瞳は、昨日まで蕾だったその花と、同じ色をしていた。
了
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