天才と持て囃されたその末路

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躊躇等している暇は無く、寝室に遺体を運び、天上からするすると吊るした。 遺書も贋作師の手によって偽造済みであり、全てが計画通りに進んだのだ。 デスク上に無造作に置いた遺書。か細い溜息が漏れた。 葬送曲を弾けば地底まで響きそうな程に、静寂に満ちた夜だった。窓から射し込む月明かりに照らされ、ゆらゆらと底気味悪く揺れる遺体は、達成感を如実に示してくれた。   心中に偽装した殺人――同情する余地も無い程の立派な殺人を、俺はそつなく完遂したんだ。 そこに心など無く、あったのは輪郭を持たない狂気と嗤笑のみ。   「貴方は天才よ」 「流石我が息子。天才の名を飾るに相応しい」   天才と持て囃された、その末路――それは絶望の世界。心を孤独にし、人生を歪み狂わせ、壊した。  律と響、そして俺自身のだ。   天才の冠など要らない。 だから、今すぐに律と響を返せ。もう一度この手に、あの温もりを掴ませてくれ―― 消したところで、蘇る筈など無い。解り切っていた事なのに。   それでも縋りつきたくなる程に思い出は美しくて、 そこに確かにあった愛情を消す事は出来なかった。   なんて…、詭弁か。 本当は、闇に落ちるだけの世界に終止符を打ちたかっただけだ。 自身の存在が律と響の人生を破滅に追い込んだ結末から、目を背けたかった。 全てが充分過ぎる程に揃い、何不自由無く生きられる現実を継続させるより、自分の存在が兄弟の有るべき幸福を殺し続けた事実を断絶させたかったんだ。   この絶望の先には一体何があるのだろうか。 希望?後悔?懺悔?傲慢? それとも――“死”?    
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