陽炎

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「いい天気だね。」 兄は火葬場前の階段に腰掛け空を見ている。 オレ達の気分とは裏腹の雲一つのない、快晴。 燦燦と輝く太陽がオレ達を照らし、夏の陽に首筋をじりじりと焼かれる。 「ドラマとかだと雨とか降ってたりするのが定石なのになあ。」 「雰囲気大事にしろってか。」 喪服のネクタイを緩めながら、兄はそう呟く。 こんな暑い夏に死ななくてもよかったのにね、ホント。 兄は尻ポケットから潰れた煙草を取り出すと、それに火をつけようとした。 「煙草、吸ってんだ。」 「……たまに。スッキリするんだよ。」 家を出て一人暮らしをするようになった兄は、家に寄り付かなくなった。 家に全く帰らなくなった兄を、父は親不孝者と呼んでいたっけ。 「知らなかった。」 「……だろうな。」 兄は不機嫌そうに煙草を吹かしていた。 煙草の煙が真っすぐに立ち昇る。 「……兄ちゃん。」 「ああ?」 「見てよ、熱風のせいかな。煙突が陽炎みたいになってる。」 火葬場の煙突が、ゆらゆらとゆらめき立つのが見えた。 中で燃やされている遺体の熱によって、陽炎をつくっているのだろう。 歪み、ゆらゆらとゆれている煙突の存在は不確かな印象を与えてくる。 しかし兄はオレの言葉に反応もせず、苦々し気な顔で煙草を地面に落とした。 兄は煙草を革靴で踏みにじると、なにもいわず黙ってしまった。
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