第8章 春川教官の授業

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第8章 春川教官の授業

午後2時から学科の授業が始まった。 担当は春川教官。常に冷静沈着といった風情であり、眼鏡の奥底に光る眼差しは、時に鋭く、時に優しい。 私は、大学教授か官僚といった感じの春川教官の授業に真剣に耳を傾けた。 しかし、端正な西村雅彦風の春川教官も、流石に福島弁だけは隠せない。 「えっとだな、この標識はだな…」 私は、薄い唇から淡々と語られる春川教官の一語一句に真剣に耳を傾け、大事な箇所にアンダーラインを引く作業に没頭した。 ページが次から次へと捲られる。 「はい、次のところは大事ですね」 「はい、次のとこも」 「えっと、次もね」 次第に「次もね」という言葉に敏感になる。 ひっきりなしに「次」が飛び出す。「次」に合わせて私たち教習生はアンダーラインを引く。 息付く暇もなく学科の授業が終わった。 各授業は50分。 学科の時間は19時間。短い限られた時間内で一種免許と二種免許の学科が同時進行で行われてゆく。 次は技能教習である。 休み時間は10分しかない。 その間にトイレを済ませ、ニコチンが切れた体に、ガス欠寸前の教習車に燃料を補給するがのごとく一気にニコチンを補充する。 スパスパスパスパッ! 立ちくらみを我慢して、急いで次の時間に技能教習を行う教習生が集まるカウンター前に移動した。一刻の猶予も許されない。 カウンターの前では次々に教習生の名前が呼ばれ、教官と共に教習車に向かう。 私はその光景を見て、ふと、映画 『トップガン』 を思い出した。 トップガンの主人公 トム・クルーズのことを考えていると 「今田さんっ」 と、私を呼ぶ教官の声が聞こえた。 『トップガン』から、『教習所』の現実に引き戻された私は教官を見た。先程の春川教官だ。 (春川教官か…厳しそうだな…) 私はまた『トップガン』を思い出した。 春川教官も冷静沈着。私は、トム・クルーズ扮するマーベリックのライバル、氷のように冷たい男アイスマンを思い浮かべた。 そのアイスマンと共に戦闘機に向かう。 何だか、春川教官がトップガンを争う宿敵に思えてならなかった。
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