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彼のシャッターを押す手の動きが止まる。
「……それ、本当?」
彼は振り返らない。問いかえす声はそんなに驚いた様子もなく、普通だ。
このままずっと振り返ってくれない方が喋りやすい。
だって彼の顔を見つめながらだと、別れ話を切り出すうちに、きっと泣けてきちゃうだろうから。
「うん、本当。ヒロさん……ごめんね」
彼が雪空を仰ぎ、大きく溜め息をつく。白い息が一瞬上へとくゆりながら立ち上って、魔法が解けたように余韻を残しながら消えていく。
これまで別れ話なんてしたことがなかった。
クリスマスやお正月に会えなくても、別に良かった。
奥さんのいる彼を好きになったことがモデル仲間の間で噂になり、やっぱりあの子は悪女系だからと嗤われたりもした。
今日は薄化粧だしコンタクトもしていないから、悪女と呼ぶには程遠い見た目かもしれない。
そう思いたければ思えば良いとすんなり思えてしまうくらいに、この人のことが好きだった。
「……わかった」
たった4文字の言葉が、わたしの身体を一瞬で芯まで冷たくする。
涙腺が滲むのを我慢しようと、唇を噛む。
本当は少しだけ、期待していた。
彼が別れたくないと口にしてくれることを。
でも、もうきっと潮時なのだ。
ここらで、わたしと彼の関係性にピリオドを打とう。
出口の見えなかった、愛しいこの恋に。
「……今までありがとう。そのまま、わたしが立ち去るまで振り返らないで。……バイバイ、ヒロさん」
2、3歩後ろ向きに歩いて、彼が振り返らないのを確認してから、背を向けて歩き出す。
同じ業界の人間同士、仕事で顔をあわせることはこれから先、いくらでもある。
次に会う時、わたしはまた、笑顔で彼の前に立てるだろうか……
「……え?」
雪道を踏みしめる自分の足音より、早い足音が聞こえてきて、振り返るとーー。
わたしの身体は、あっという間に彼に抱き寄せられていた。
息が出来ないくらいの、激しいキスと共に。
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