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鏡台
「皺の顔も飽きたかね」
私は語りかけながら乾いた布を持つ手を動かす。これが動物なら何かしら表情を変えたり、意思表示で鳴いたりするものだ。しかし語りかけた相手は鏡台。勿論返事はない。
鏡面を拭き終えると、次は黒檀の台部分を拭きはじめる。製作されて60年以上の月日が経過する代物。多少の傷はあれど、鈍い落ち着いた光沢は当時とあまり変わらない気がした。
いつもの日課の掃除を終えた後、私は鏡の埃避けを手に取った。指先に伝わる刺繍の凹凸。それは譲り受けた頃に比べると、随分と平たくなったものだ。また、当時は色鮮やかだったこの掛け布も今ではくたびれた布でしかない。
そもそも先の持ち主の母はとうに他界。その後鏡台の前に座るのは私ただ一人。長い年月、この鏡は私だけを映し続けてきた。
「鏡台を解体して棺桶にすることは可能だろうか」
柔らかい朝陽が畳を照らす中に正座し、仏壇に手を合わせながらそんなことを考える。
「お母さん、申し訳ありません。私の代で鏡台が途絶えてしまいそうです」
心の中で語りかけている最中、電話のベルが廊下に鳴り響く。私は慌てて黒電話の元へと赴いた。
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