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長い年月であるも、昨日の事のように甦る母との会話。掃除を終えた私は鏡台の前に正座をし母を偲ぶ。
元々この鏡台は宮大工だった亡き父が母の為に作った鏡台だ。埃避けは今でこそすっかり色褪せているも、元は母のお気に入りの訪問着だったらしい。実際、亡き父と出かける際になんどか袖を通したと聞いている。そして父との思い出話の最後は必ずこの一言だった。
「あんたが嫁に行く時、鏡台とその着物あげるわ。そしていつか子供か嫁に押し付ければいいわ」
その一言に私も母も大きな笑い声を立てる日々だった。
母も父も当に他界し、よちよち歩きだった息子もいまじゃ立派な嫁さんをもらった。おかげさまで孫の顔も拝ませてもらった幸せ者の私である。
ただ一つ、心残りといえばこの鏡台であろう。なんせ私の中では代々受け継がれるべきものとして、当然息子の嫁がもらってくれると思っていたのである。しかし時代は違った。
「鏡台なんて昭和の遺産だよ。母さんには悪いけど、そもそもじいさんの顔も知らないから受け継げと言われてもピンとこないよ。それにこれじゃ大きすぎて邪魔じゃないかな。ま、お前が欲しいなら別だけど。どうする?」
結果は嫁も同意見だとやんわり断られてしまったのである。
しかし息子夫妻を恨むのは筋違いであろう。確かに今の時代は安くて洒落た家具が沢山ある。かつて桐の箪笥やら鏡台を有難がる時代ではないのであろう。100円で日用品を買え、服だってほつれを縫うことなどしない。古い物は捨てられる時代である。
しかしいくら今の時代といえど、心の中で母に自然と謝っていた。
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