鏡台

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鏡台が我が家から旅立つ機会を失った数日後。近所のYさんの付き合いで老人会の俳句会に参加する事になった。とはいえ、私は俳句も含む文化的なものなど一切触れた事がない。当初は無理だと断るも「いいのよ、あんなのゴロ合わせ感覚で書けばいいのよ。ボケ防止にもなるし」なんて気軽な誘い言葉。まして日々やることが無い年寄り。どうせ一回限りの数合わせであろう。たまには気分転換にと参加する事にした。 参加した会は十名ほどの集まりであった。私以外は半年~数年の経験者の中、各自が書いた句を皆の前で発表し、先生に批評をしてもらうという。てっきり私は先生に見てもらうだけだと思っていた。よって流石に発表は渋るも順番は回ってきた。 年寄りと 古い道具は 秋枯れる 人生初めての句である。文学と無縁だった私にとって「秋」という題で周囲が情景豊かな句を詠む中、私には季節や風景を短い文書で表現するのは難しかった。そこで苦し紛れに書いた句がこれだ。恥も書き捨てといわんばかりに発表したのだが、周囲は暖かく拍手を下さった。さらに話の流れで息子夫婦と鏡台の事を話したところ、物は違えど同様の経験をされたという方が二人もいたのには大層驚いたものである。 そんなお試し体験を経て、気付けば約十年。今では俳句サークルでも古参の一人になっている。当時は趣味と問われて返答に困る私であったが、今では「趣味は下手の横好きで俳句なんですよ」と答えている。五・七・五という短い区切りの中に自分の考えを表現する面白さが性に合っていたようである。今では二つの俳句サークルを掛け持ちする私は、以前に比べて鏡台の前に座る時間が増えたことはいうまでも無い。 母の希望を叶えれないのは未だに心残りである。しかし義理で引き取られて誇りをかぶっていたかもしれない鏡台の事を考えると、これもまた一つの選択肢ではないかと思うことがあるのだった。
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