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「どうかお願いです。トミーを探してくださいませ」
居住まいを正すと彼女はもう一度、そう繰り返した。
「人捜しなら、あんたがたの方が得意なんじゃないのかい。犬族は滅法鼻が利くって言うじゃないの」
こんな結構そうなお家柄のお嬢では、そんな真似は決してしないのだろうけれど、街を守る警邏隊や、村や町を守る自警団の犬族が、まるで獣のようにほとんど四つん這いみたいになってまで、執拗ににおいを辿って悪党を追い詰めたり、畑を荒らす害獣どもをどこまでも追跡したりしている姿をたまに見かける。
あたしらは、あんな無様な格好なんて断じてごめんだけれどと思いながら、皮肉めいた口調でミーシャが言うと、娘はまたぷるぷると身を震わせ叫んだ。
「探しましたわ! でも……あの、わたくし慣れないものですから、よく分からなくなってしまって……」
語尾がどんどん尻すぼみになって涙ぐみ、うなだれていく。
ミーシャは、エメラルドのように輝くアーモンド型の目を少し細めた。
よくよく見れば、ドレスの裾や膝にあたる辺りは土に汚れ、草の汁が染みつき、すり切れたようにさえなっている。
なんだかトロそうな娘だから、転びでもしたのかと思っていたけれど、そうでは無かったのだ。すり切れは、石畳で舗装された大通りで膝をついたから出来たものだ。土は、舗装の無い路地裏で、草は、道ですら無いどこか草むらで……全て、別の場所だ。
この子が、夜闇の中たった一人、朝まで地べたを這いずり回っていたというのだろうか。
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