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「わたくしたち、駆け落ちの約束をしていましたの。でも、約束の場所にあの方はいませんでした」
「それは……」
やはり男に裏切られたようにしか考えられない。男はいとも簡単に心変わりするものだし、時には金に目が眩み、またあるいは、それが彼女のためだと言い含められ、丸め込まれて身を引いてしまうということもあるだろう。
「いいえ、いいえ。彼が来たことに間違いはないのです。匂いが残っておりましたもの」
「ああ、そうだったね」
「わたくしは時間ぴったりに参りましたの。セントラルパークの楡の木の下ですわ。あの方はいつでも早く来て、わたくしを待っていて下さいました。遅れて来たことは一度たりともありません。姿は見えませんでしたが、あの方の残り香がありましたから、わたくし、何か急用が出来てその場を少し離れているのだろう。何の書き置きも無い所を見ると、すぐに戻ってくるに違いないと思って待っていたのですけれど……でも、一点時経っても二点時経っても戻って来なくて……それでにおいを辿ってみることにしたのです」
一点時というのは、日の出を起点に一日を百等分したアクムナスの時刻法で、一点時ごとにセントラルパークの鐘が鳴り、五点時ごとに鐘の音階が変わる。これによって誰でも正確な時を知ることが出来ることは、首都クーケットに住まう者達の、自慢の種の一つだ。
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