四 『甲賀忍法毒の霧』

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四 『甲賀忍法毒の霧』

 朝鮮半島を宇宙から監視する、例の東京都内の某マンションの一室──。 毎度のように分厚いカーテンが閉め切られ、パソコンのディスプレイがぼんやりと室内を照らすだけの、ガランとして暗い部屋である。  もっとも、まだ夜明け前なので外の空も暗い時間帯なのだが、それにしてもこの部屋の空気は重々しく、そしてなんだか寂しい匂いがした。  まるで冬に逆戻りしたような、四月にしては異常なほどの冷え込みのせいもあってか、何処かダークな印象さえ与えている。   前日の朝から、だから昼夜を問わずに、この部屋に唯一置かれたパソコンで、最先端技術を駆使した衛星カメラの動画映像を監視し続けていたのは、愛甲姉妹の三女、夏実であった。 ──例の耳障りなかすれ声をした男の姿はなく、服部半蔵も今は居ない。  ただ、ドアの向こうにある隣の部屋では、脱北の科学者がベッドに横たわっていて、どうやらこの部屋に駐在する忍び組は、朝鮮半島の監視と脱北科学者の護衛とを兼ねているらしい。 「眠れないのですか、李教授?」  特に物音がしたわけでもないのに、どうしてか夏実にはそれが分かったらしく、ドア越しに隣室へと声を掛けると、その李教授の声がすぐに返って来た。  「お嬢さんこそ、少しは休まれた方が良いのではありませんか?」  これに夏実は、パソコンの画面からは眼を離さずに、静かな声で答えた。 「お気遣い、ありがとうございます。でも、これが仕事ですから」  事実、夏実は今、彼女にとっての仕事服、これは現代風の忍者衣装に身を包んでいる。 「それに、御心配には及びません。忍者眠りでちゃんと休んでいますから」  忍者眠りとは、右脳と左脳を交互に休めることによって、起きながらにして眠れる睡眠法だ。 つまりこの場合、夏実は夜中の間も監視を続けながら、同時進行で体力回復も行っていたことになる。  これはいささか素っ頓狂な話にも聞こえるが、まんざらあり得ないことでもない。 現にイルカやアシカは、睡眠中でも周囲の外敵を警戒出来るように、脳を半分ずつ交互に休ませていると言う。 「なるほど…」  声を聞いただけで微笑んでいるのが分かるような言い方で、李教授は夏実を誉めた。 「お若いのに立派なくノ一ですな」 「まだ夜明けまでには時間があります。どうぞお休みになって下さい、李教授」
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