5人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
「何か心当たりはあるか?」
「はい」
かすれ声の男は、明らかにそう聞かれるのを待っていた様子で眼の色を変えたが、けれどそれを悟られぬように、口調を抑えながら続けた。
「南側には以前より、北側の書記長の重病説、あるいは死亡説があるのをご存じで?」
「勿論だ。もっとも、北側は必死にそれを否定しているがな」
「ところが、先程ドイツ人の医者が中国経由で北側に入国したのを確認いたしました」
「ほう、では噂はやはり本当だったか──。いや、医者が必要と言うことは、死亡説の方は否定されたことになるな」
さて、今一度確認しておくが、この凡人には関われぬ話、また関わりたくもない話が交わされているのは、都内某所の普通のマンションの一室である。
どうしてかと言えば、それは誰もが『どうしてか』と思うからだ。
「しかし、書記長健在をアピールしたいのならば、ミサイル発射を見送ったのはむしろ不自然。そこが妙なのです──」
かすれた声の男が黙り込むと、低い声をした男の眼が、爬虫類みたいにニッと光った。
「恐らくそれは、見送ったのではなく、見送らざるを得なかったのだろう」
するともう一人別の声が、これは少々イントネーションのおかしい日本語で言った。
「さすがは服部半蔵さんですね」
スーッとドアが開き、ゆっくりと一人の男が部屋に入って来る。
「脱北する際に、あなたが何らかの仕掛けをミサイルに施して来たのですね?」
その細面の男に、服部半蔵と呼ばれた男は低い声で尋ねた。
「──正確には、ミサイル発射装置のプログラムに悪戯をしました。要するに、北側がミサイルを発射するには、ここにある四つのメモリーチップが必要なのです」
差し出された男の手の平には、四つの小さなメモリーチップが載っている。
「さすがは北で一番の科学者ですな」
半蔵に言われて、男はフッと細い頬で微笑んだ。
「元、北の科学者です」
これに半蔵も穏やかな表情を作って、けれど真剣な眼差しで続けた。
「ならばもう一つ、お聞かせ願いたい」
「さて、何でしょう?」
「昨夜遅く、日本の領海付近を航海していた北の高速小型船から、十五人の男女が海に飛び込みました。彼らはそこから日本海の荒波を泳いで新潟の海岸まで辿り着き、我が国に密入国をしました。──さて、彼らの目的は?」
最初のコメントを投稿しよう!